眼炎症外来の近況

眼炎症部:岡田 アナベル あやめ、慶野 博
渡辺 交世、瀧 和歌子、早川 るり子

眼炎症外来は杏林アイセンターが設立された1999年に、大阪大学から赴任された岡田アナベルあやめ先生が中心となってスタートし、以後様々な眼炎症疾患の診断、治療を行ってきました。今回は杏林アイセンターおよび眼炎症外来設立10周年の節目として過去10年間のぶどう膜炎、強膜炎の臨床統計、最近の話題として今年度の日眼で発表した強膜炎の臨床像の検討、また現在進行中のプロジェクトについてご報告いたします。

1.ぶどう膜炎、強膜炎の臨床統計

1999年の開設以来、昨年12月までに約1000名の初診の患者様が眼炎症外来を受診されています。今回は1999年から2007年までに眼炎症外来にてぶどう膜炎および強膜炎と診断された、再来患者を含めた912例(男性382例、女性530例)を対象に疾患を分類してみました(図1)。その結果、強膜炎、上強膜炎が最も多く98例(10.7%)、次いで原田病91例(10.0%)、急性前部ぶどう膜炎54例(5.9%)、サルコイドーシス52例(5.7%)、ベーチェット病47例(5.1%)、結核性ぶどう膜炎31例(3.4%)の順でした。なお各種検査にもかかわらず分類不能例が374例(41.0%)みられました。7年前の若林俊子先生の報告と同様、今回もぶどう膜炎の中では原田病の頻度が最も高く、ベーチェット病が少ない傾向があり、また結核性ぶどう膜炎も原因疾患としてやはり無視できないものと考えられました。

2.強膜炎の臨床像

次に我々は眼炎症外来で最も頻度の高かった強膜炎の臨床像について検討を行いました。対象は過去10年間に眼炎症外来を受診し、1ヶ月以上経過観察が可能であった強膜炎64例 (男性28例、女性36名、12-82歳、平均年齢:51.1歳)です。その結果、強膜炎64例中、両眼性34例、片眼性30例とほぼ半数、病型分類別では結節性9例、壊死性5例、びまん性45例、後部強膜炎5例という結果でした。視力予後は概ね良好でしたが、その中で壊死型の強膜炎が最も予後不良であることが判明しました。全身合併症では関節リウマチが最も多く (11%)、腎機能障害 (9%)、多発性軟骨炎 (5%)の順でした。全身治療として全体の約40%にプレドニゾロン、20%にメトトレキサート(MTX)が投与されました。強膜炎の症例によっては全身の副作用のためにステロイドの継続投与ができないような症例をしばしば経験しますが、当院では膠原病内科医と密接に連携をとりながら難治性強膜炎に対してMTXなどの免疫抑制剤を積極的に使用し、良好な治療効果を挙げています。

3.ベーチェット病の新たな治療薬として注目されている
  抗TNF-a抗体インフリキシマブ(レミケード®)の
  当院における治療成績

平成19年1月、ベーチェット病による難治性ぶどう膜網膜炎に対して生物学的製剤である抗ヒトTNF-a抗体インフリキシマブ(レミケード®)が保険適応となりました。当院でも、都内の大学病院に先駆けてレミケードを導入し、現在9症例に対して本治療を開始、うち8名は眼発作の抑制、炎症の軽症化が得られています。また蛍光眼底造影検査でも治療前後で蛍光漏出が著名に改善されており、その強力な抗炎症効果について有効性を確認しました。レミケードはこれまでのベーチェット病に対する治療概念を一変させる画期的な薬剤として大きな期待が寄せられています。

4.現在進行中のプロジェクト

1)原田病におけるKIR(killer cell immunogloburin-like receptor)の
  遺伝子多型の解析

KIRはNK細胞という自然免疫系に属する免疫担当細胞の細胞表面に発現している膜蛋白であり、このKIRを介して細胞内に信号が伝わるとNK細胞自体の活性が抑制されることが知られています。最近では自己免疫疾患においてKIRの遺伝子多型が、その疾患の発症に関与していることが推測されています。現在、米国UCLA眼科のRalph Levinson先生との共同研究として当院の原田病患者から得たDNAのKIRの遺伝子多型について解析するプロジェクトが進行中です。

2)急性網膜壊死(ARN)の全国調査

ARNはherpes simplex virus (HSV)またはvaricella zoster virus (VZV)によって誘導される視力予後が極めて不良なウイルス性網膜炎ですが、発症頻度が全国的にも少ないため、その発症機序や最適な治療について不明な点が多く、特に硝子体手術の適応時期については、未だに議論が分かれるところです。今回、大阪大学、九州大学、東京医大を始めとる全国4施設と杏林アイセンターの共同研究として、当院でこれまで経験したARN症例の臨床像についての検討を開始しました。ARNに対して、このような多施設のデータを持ち寄った全国規模のstudyは初めての試みであり、来年度の学会ではARNの臨床像、手術時期など、新たな知見が報告されることが期待されます。

さらに最近の近況ですが、眼炎症班directorの岡田准教授がPractical manual of intraocular inflammationというぶどう膜炎の教科書を執筆されました(図2)。また本年6月にボストンで開催された米国臨床免疫学会(FOCIS)にて慶野講師がtravel grand awardを授賞されました。

以上、駆け足で眼炎症外来の近況についてご報告しました。これまでの10年で培った知識や経験を次の10年に生かしながら、最高の眼科医療を地域の患者様に提供する、というアイセンターの設立理念を忘れることなく、日々精進していく所存です。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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