富士登山2日目

本7合目見晴館から8合目
 早朝の空気はすがすがしく、快晴。頂上が近くに見える。空気が薄いがあまり苦にならない。昨日の雨で地面もちょうど良く湿っている。絶好の登山日より。うまくいけば午前中早い時間に山頂まで着ける気がした。寒いので、ご来光を見た同じ防寒具を着込んでの服装で出発する。でもここは富士山、はやる気持ちを引き締めてゆっくり歩き出した「つもり」である。しかし、見晴館を歩き出して何と100メートルぐらい歩いたところで突然雅が、「右足が痛い」と言いだす。ちょっと休んで歩かせてみるが、今度は涙を流して座り込んでしまう。ここまで来て頂上まで登りたい気持ちは大きいが、体調が悪ければ無理せず下山も考えなくてはならない。ここはすぐ横に下山道もある。雅に「もう少し頑張って歩く?それとも頂上はあきらめて下山する?」と尋ねると、「痛くてもう一歩も歩けない。歩いて下山することだって無理。」との返事。下山もできないならここでビバークまたは救助を要請しなければならない。(山小屋が近いので負ぶっていけばそこで休めるが...。)何てこった。本7合目まで来ることが1つの目標でそれは達成できたけれど、こんな登山日和、歩き出したばかりでリタイアは残念だ。登山靴を脱がして関節を動かしてみるが痛みは無く、捻挫や骨折では無い。筋肉の痙攀もない。ふくらはぎと大腿部をゆっくりマッサージする。昨日も一日中歩き、朝寒い中急に歩き出したための筋肉痛の様だ。そう言えばあまりに気分が良かったので準備体操もせずに歩き出していた。時間は十分あるのでそこでマッサージを何度かして様子を見る。痛みが無くなった様なので靴を履かせ、雅のリュックを持ってやりゆっくり歩き出す。こちらからもあえて聞かなかったが、その後痛いとも言わず、順調に歩けるようになった。8合目までは砂利の道で時々足が滑って歩きにくい所もあるが、7合目までと違い山小屋の間隔が近く、すぐ上に見えていて目標になる。だんだんペースをつかみ歩けるようになったきた。

8合目江戸屋(標高3,350m)
 6時20分に到着(本7合目から50分)。ここは河口湖と須走口の下山道が分かれる道だ。いままで須走口の登山道で他の登山者には殆ど合わなかったが、ここではじめて多くの人々に合う。ちょうどご来光を見た人が帰る時間でもあった。ツアーの20人程度が下山するところで、ガイドが「ここからの下山道は暫くトイレがありません。ここでトイレをすまして下さい。」と声をかけていた。下山者の最後尾を確認しガイドが降りていった。ツアーは若い人ばかりだが、みんな疲れて青ざめた顔をしていた。ツアーではおそらく昨夜1〜2時頃の強風と夕立の中を7・8合目の宿を出発し頂上でご来光を見たのだろう。昨夜の気象状態での登山はさぞ大変だったとも思うが、我々もここから頂上に行って降りてきたらあんなに疲れ切ってしまうのかと少し心配になる。山小屋の前のベンチに座って水とカロリーメイトを補給。でもこのベンチの後ろは断崖で背もたれに寄っかかるのは少し怖い気持ち。下は雲海で雲の上に八ヶ岳や北アルプスが見えてきれいだ。もちろんここで金剛杖に焼印を押してもらう。(200円)。10分程度休んで出発する。


(8合目から本8合目の途中、本八合目の山小屋も9合目の鳥居も頂上の鳥居も見える。空気が薄く辛い)

ここから本8合目の山小屋は直ぐ上に見える。下山道と合流しながらで道幅は広いが足場が悪く歩きにくい。でも下山者が「頑張れ」とか声を掛けてくれるのが励みになる。特に雅は多くの下山者に「何年生」「偉いねー」と声を掛けられ少し得意げだった。雅の足の事はわざと聞かなかったが足痛は直ったようだ。自分は右膝が少し痛いが特に問題はなかった。空気は薄く2〜30mほど歩くと雅は大きな石を見つけると座って休憩するが直ぐに立ち上がってまた歩き出す。これの繰り返し。自分は雅のペースなので全く疲れない。立ったままの休憩で余裕。

 

本八合目胸突江戸屋(標高3,400m)
 7時05分着、7時15分発。ここからは下山道からは離れるが河口湖口の登山道と合流する。何人かの登山者と話しながら歩ける。我々のペースはとても遅く、折り返し部分ごとに休みむが、我々のペースだけが遅いのではなく他の登山者もほぼ同じペースで登っている。順調な登山である。休みながら歩けば息が苦しいことは無い。(ここはまさし胸突八丁の江戸屋だが)。ここまで来れば、休んでもまた一歩一歩着実に歩けば必ず頂上に着けると確信でき、歩くのも楽しかった。雅も無言だが弱音を吐くことは無く、足取りもしっかりしている。携帯用酸素を試してみたが2人とも効果は無いようだった。

8合5勺(御来光館)(標高3,450m)
 7時35分着、7時45分発。8合目かはは山小屋が沢山あって目標になり気分的に楽である。この山小屋を出発してから頂上まで最後の山小屋であった事に気づく。でも水も非常食もあるので大丈夫だろう。これまでいくつかの鳥居があったが9合目と頂上の鳥居の二つ。特に頂上の鳥居は両側に狛犬がいるらしい。ここから両方の鳥居が見える。まずは9合目の鳥居を目指す。空気がうすく、さらに休憩までの距離が短くなる。10メートル歩いては休憩となる。九合目の鳥居の直ぐ下のカーブを曲がったところで業務用カメラをこちらに向けて写している二人組がいる。雅はかなりへばった様子で歩き、カメラを通過、そしてまた座り込む。全くのカメラ目線どころではないが、カメラはターンして座り込む雅の撮影を続けている。カメラには「NHK」と印刷されその2人は無線をもっている。そういえば8合5勺にも同じ無線を持ったやつがいた。下から無線で登ってくる登山者を連絡し、待ちかまえて撮影しているようだ。9合目をへとへとになって通過する登山者を撮影しているようで、我々は絶好の撮影ターゲットになってしまった。その証拠に元気で登ってくる登山者はカメラも向けずに知らん顔!。恐るべし、NHK。

 

9合目(標高3,600m)
 8:30着。ここは鳥居だけで何もなし。9合目までたどり着いた。空は快晴。心配していた風も気にならないほど。かえって歩いている時は少し暑くなるので雅も自分もウインドブレーカーを脱ぐ。ここまで来れば目標は頂上の狛犬がいる鳥居だけ。登山のペースはゆっくりで休憩も多いが、一定のリズムで歩ける。頂上まで行けると確信する。ずっと2〜3組の登山者と同じペースで登る。休憩しているときに1人のオジサンが雅の足を指さし「この足は偉い!、ここまで頑張って登ってきたこの足は偉い。普段は足が偉いなんて思うことは無いけど、この足に感謝しなさい。」と声を掛けてきた。富士山の登山者はおもしろい人が多い。そして苦しいが目指すはみんな同じ頂上であるためか、不思議と連帯感が出てくる。皆、声を掛け合い励ましてくれる。励ましてくれると元気になる。そしてこちらからも声を掛ける。ハイキングでは声をかける程度でそれきりだが、富士山では人との心のつながりを感じ嬉しくなる。


(9合5勺付近。残雪が見える。)

9合5勺には富士山で遭難した人の慰霊碑があり、金剛杖に付いている鈴が沢山供えてあった。夏の富士山といえども毎年何人かの犠牲者が出ている。原因は心筋梗塞などの病死が多いそうだが、落石、転落、落雷などの事故死の報告もある。そして捻挫や骨折、脱水症で動け無くなり救助を要請する事も多いそうだ。あらためて最後まで油断してはいけないと気を引き締めて歩き出す。頂上の鳥居はすぐそばだ。そしてこま犬も片方だが見える。一歩一歩ゆっくりと足を進める。

最後のターンを曲がると頂上までは100mほどのほぼ直線の階段。両側にこま犬が見える。来た!。ついに来た!。ずっと目標にしていた鳥居だ。雅は、急に歩調を早め、他の登山者を一気に追い抜きさる。ここで写真を撮りたかったので、雅に「止まれ」と声をかける。撮影後2人で一気に階段を登り鳥居をくぐり頂上に立つ。

 
(頂上直下の鳥居とこま犬。写真左にいる。2人は8合目からずっと一緒だった2人のおじさん。東北からの登山者で吉田口から登ってきたそうだ。)

富士山頂(河口湖吉田口・須走口) 標高3,720m
 9時20分、ついに山頂。「やったー」と雅と声をかける。着いた瞬間、体がふわっと軽くなったような気がした。富士登山記などでは涙が出るほど感激したと書いている人が何人もいたが、自分は以外と冷静で、目標が達成できて「ホッとした感じ」であった。まあ、子供のペースで登ったので体力的に苦しかったことは一度もなかったからかもしれない。でも、とてもすがすがしい気持ちになった。先ずは金剛杖に最後の記念を押すため久須神社に入る。これまで全ての山小屋でこの金剛杖焼印などを捺してもらった。ここでは焼印ではなく朱肉を金型つけ、それを金槌で打ち付ける。そしてこのスタンプラリーの様な金剛杖は完成した。この金剛杖、雅の一生の記念品になるかもしれないなと思う。


(河口湖・須走口頂上) 

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